| 1985/03/01掲載 |
西日本新聞 (おじゃまします) |
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一期一会の心 池上輝夫さん
からくり儀右衛門が時間を超えてこの人に乗り移ったのではないかと思わせるほど、次から次に機械を作っていく。
池上輝夫さん(40)は久留米市梅満町1615に機械製作所を持ち、無理難題と思えるような機械をたった一人で作り上げる。
「いつも最初で最後と思って作るんですよ。だから全力投球をする。失敗してもよいからやれといってくれる人に会ったから、いろんな経験ができた。それが人に言わせると、”出来ないものはない”ということになるらしいけど、自分にしたらちっとも不思議じゃないんですよ」とサラリ。
25年間、機械一筋。
基礎なんかいつ覚えたのかもわからんし字で書けるもんじゃない。”泣きの涙”で覚えたんだ、と。
諫早の開拓団に家族で入植。電気も水道もない生活から集団就職で名古屋へ出たのが15歳。
「口減らしのためでしたよ」。
この人にかかると、なんでもスムーズに動き出すという。
図面をひくこともほとんどなく、機械をさわらせてくれるでもないし、子守りの毎日の中で、ひとつひとつ自分の目に焼きつけていったに違いない。
目覚しい工業の発展というものは池上さんのような人が支えているのだろう。
最初が最後−「一期一会」に通じるが、池上さんの茶の間にも茶道具がさりげなく置いてあった。 |
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